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★伝える努力をしなかった

★共生の時代だからこそ

★ホノルルでのユニークな試み

◇浜田佐映さん

◇栗山恵美子さん

★伝える努力をしなかった私たち

2002年の新学期から導入される学習指導要領の中で、「生きる力」のひとつとしての自己表現能力を伸ばすことが重視されることになった。通信情報技術と、それに関連するソフトが飛躍的に拡散し、地球全体が名実ともに「村社会化」する21世紀に、自分自身の考え方やさまざまな感情を、的確に相手に伝えること(コミュニケーション)のできる人間が求められているとの認識がその背景になっている。

 ところが、私たち日本人は母国語でさえ「自己表現が下手な国民」と言われている。ましてや外国語になると、もうどうにもならないとさえ思える側面がある。

 自己弁護すれば、これには歴史的かつ文化的な背景がある。農耕を主とするほぼ同一集団(日本にはアイヌなど複数民族が存在している)の中では、集団に同化し均一メンバーになる価値観の方が、雄弁に自己主張するより勝っていた。「沈黙は金」との格言がこの文化土壌を象徴している。

 明治維新後の近代社会では、自己表現することは否定的には受け止められなくなったとはいえ、海外との関係においては前近代社会とほとんど変わらなかったようだ。

 日本人という集団でいえば、官民を問わず、海外との交流において「言葉の壁」「文化の違い」という極めて便利で安易な逃げ道を用意し、自らの見解や立場や感情を「迅速・的確に海外に伝える努力」を放棄してきたと言っても過言ではないだろう。

集団としてのこうした資質は、つまるところ個人の資質の総体にすぎないから、私たちひとりひとりが「自己表現が上手ではない人間」だということになる。そして、自己表現が上手でないということは、「他人」との「コミュニケーションが下手」ということにつながる。

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★共生の時代だからこそ


 地球が村化している現実を踏まえると、自己表現とコミュニケーションが下手ということは、大変なデメリットである。これは政治・外交や経済のみならず、芸術や科学を含む文化側面でも、私たちの行動や交流範囲を狭め、結果的に地球社会の大きな流れの中で取り残されてしまう恐れさえある。

 私たちは今、有史以来ともいえる「共生の時代」を迎えている。地球温暖化などに象徴される環境問題ひとつを取っても明かなように、一個人、一地域、一国だけで完結するものはもはや何一つとして存在しない。地球村のすべての住人が、それぞれに周囲と共に生きることを考えない限り、村人全員がいずれは破滅してしまう。

 2回の世界大戦と冷戦に縛られた「対立の20世紀」から、「共生の21世紀」へ。そのためにも、さまざまな地域とそこの人々の伝統や文化を尊重し、理解し、心を通わせ合わなければ、共生はできないだろう。裏を返せば、私たちも、自身の伝統や文化を表現し、相手側に伝えなければならないということだ。明治維新当時のように「受け取るだけ」ではもはや通用しない。

 このことは国内の国民・地域同士にも言えることだが、海外との関係だけに言及すると、ことは急を要する。だが、どうしたら自己表現能力を養えるのか。どうすればコミュニケーションが上手になるのか。そう簡単に答えが見つかりそうにない。

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★★ホノルルでのユニークな試み★★


外国(外国人)とのコミュニケーションについて言えば、「XX語ができないから……」という言葉の問題をいつも耳にする。確かに、言葉はコミュニケーションの重要な一部を占めている。だが、私たち日本人は「言葉」(外国語)そのものに縛られ過ぎてはいないだろうか。

 極端な言い方をすれば、コミュニケーションとは「人と人の交流」であって、「言葉と言葉のやりとりではない」。これをもう少し捕捉すれば「言葉には心があり、心が豊かであれば、言葉などさしてできなくても、素晴らしいコミュニケーションができる」ということだ。

 熟年にさしかかった日本人夫婦がNACOS(Network for Advancing Communication & Organization Skills)という、一風変わった「場」をハワイのホノルルで運営している。世間的に言えば「会話教室」なのだろうが、一般的な教室はない。経営者の中村修三氏を取材したら、こんな説明だった。

 「コミュニケーションです。日本の人が、ハワイ在住の米国人と、自分自身でコミュニケーションする場をお世話しています」

 NACOSに参加するには条件がある。自己紹介を自分自身で書かなければならない。多くの人がかなり苦労するようだが、この自己表現からすでにコミュニケーションのプログラムが始まっている。

 中村夫婦がハワイでの生活の中で培ってきた人間関係をベースにした、ヒューマンネットワークともいえる数十人の米国人(及び家庭)から、申込者の都合などに会わせて、数時間から数週間のスパンで、まずは「良き隣人」としての接触の時間をつくる。時には数日を共に過ごす「ファミリーコンタクト」というケースもある。

 日本で英会話を教えた経験があったり、米国で外国人に英語を教えた経験があるという人々ではない。アジアとか日本に特に興味を抱いている人々でもない。ホノルルという米国社会に、それぞれがしっかりと根を張って暮らしてきた米国市民という「隣人」である。

 それゆえ、英語の知識や技術を「教わること」も「教えること」も、このプログラムの本来的目的ではない。申込者と米国人(家族)とが共有する時間が、英語によるコミュニケーションの場である。そこで生まれるコミュニケーションは、双方向であり、それぞれにとって新鮮な体験でもある。

 そして何よりも、NACOSを終えた後が、実はそれぞれに自己表現とコミュニケーションをさらに培う始まりでもある。言い換えれば、このプログラムは、ひとつの旅の楽しみ方であり、時間の過ごし方であり、人の輪を広げることであり、そのすべてを含め、コミュニケーションとはどういうことなのかを、英語で体験することである。

 なぜ、ハワイのホノルルなのか。中村氏は「ホノルルは日本人にとってカルチャーショックなき異文化体験が可能な土地で、訪れる人が、それぞれのレベルで米国人とのコミュニケーションを楽しむことがしやすい」と指摘する。確かに、地域に関する特別な事前知識とか気配りをさして必要としない土地柄である。

   先住民・先住民系22%、白人20%、日系人18%、フィリピン系12%、中国系4%……ハワイの人種構成をみれば、この地の全員が「少数人種・民族」であり、お互いの伝統や文化を尊重し理解しながら共生する「21世紀型の村社会」がすでに存在している。さらには、ホノルルは人口80万人を超えるオアフ島の中心であり、世界で最も有名な都会のひとつだが、豊かな自然との共生も実にうまく実現している。

 こうした物理的な環境条件が、知識や技術としての英米会話ではなく、「人と人、心と心のコミュニケーション」をより自然な形で育める潤滑油となって、NACOSのプログラムが可能になっているのだろう。

 「言葉でなはく、心を通わせるコミュニケーションを体得したとき、多くの人が、自分のレベルの英語で、自分らしく話せることの感動を発見するはずです」と中村氏は言う。

 まさに、学習指導要領が求める生きる力としての自己表現力と、日本人が苦手な異国語でのコミュニケーション力の養成が、肩肘を張らずに、ハワイで十数年間も続いてきたことが、なぜか新鮮に感じられる。心を開いてはじめて感知できる、「もうひとつのハワイ」との出会いである。

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◇浜田佐映さん実映さん親子◇

〜一生の宝物に……〜


ハワイに着いて3日目のことでした。6歳の娘を連れて、はりきってハワイに来たものの1カ月間も遊んで過ごすのはもったいない。早速、手にした日本語情報誌の英会話スクールに電話をして、親子で通えるか問い合わせをしたところ、ナコスの内容を聞いて魅力を感じました。  

普通の教室と違い、コミュニケーションをとることを目的とした空間をサポートしてくれるのです。数日後、とても素敵な親子のクリスティーナとエリーザを紹介してもらいました。 

エリーザと娘は、あっという間に意気投合し一緒に絵を描いたり、風船ガムをふくらませたり、追いかけっこをしたり、とても楽しい時間を過ごしました。こどもは言葉が通じなくても、お互いの言ったことを真似したり、行動を真似したり、本当に楽しそうです。 

そんなこどもたちの姿を見ていると、とても幸せな気持ちになりました。翌週、クリスティーナのお宅で夕食を一緒に作って食べました。その間、こどもたちは大はしゃぎ、別れが惜しくて、なかなかさよならできませんでした。 

ナコスでは、さらにこの楽しかった出来事をアルバムに残してくれます。もちろん、すべて英語で書かれています。すばらしいお友達が出来たことと、このアルバムは、私達の一生の宝物です。 

遠く離れていても、この関係を続けられるようにクリスマスカードやニュースレターのことも教えてもらいました。そして何よりも気持ちが一番大切だということを知りました。 

エリーザは、今、日本語を習っているとのこと。みえがエリーザにあてた手紙を読める日が来るのもそう遠くないはず。また、娘がこのアルバムを見て英語をコミュニケーションの手段として学び、成長していってくれることを望みます。5年後、10年後の2人が楽しみです。最後に、この素敵な出会いをサポートしてくれたナコスに本当に感謝致します。
(2002年2月20日)
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◇栗山恵美子さん(リピーター)◇

〜新たなハワイを発見〜


帰国後、何だかポーッとした数日を過ごし、最近になりようやく細かい感覚が戻りました。今回のハワイの滞在は私にとって真実のリラックスの時間だったようです。

さて、先日のセラ(コバヤシ)との時間について、今回は「発音」をチエックしてもらいたくナコスへ参りましたが、発音は初めの40分程度。しかも40分の中にはセラと私の自己紹介も含まれてますので実際は30分位でしょうか。

彼女が5歳位の男の子(モーゼス)を連れていたのではじめは正直「レッスンになるのかな。ちょっとこどもがうるさいな……」と思いましたが、時間がたつにつれ逆にアメリカの子育てや子供に注意をする時のセラの表情などに感心している自分がいて、発音のレッスンのことはどうでもよくなっていました。

数日前、自宅にも招いてくれたセラにThanks cardを郵送しました。思い出すのは「発音」のことではなく、「KOBAYASHI家」の暖かい雰囲気。お金に変えられない経験をすることが出来ました。

私の友人に、この経験の一部始終を話したところ「ハワイに対する見方が変わった」と言ってました。買い物・ビーチ・買い物・ビーチの繰り返しだけしかないハワイに、そんな経験をすることが出来る場所があるなんて……と感じたそうです。

しかも1週間足らずの日本人の旅行スケジュールに、1日でも半日でも英会話プラス「経験」が出来るなんて……。 ぜひ皆さんにお勧めしたいです。「いつものハワイにプラス体験付き!!英会話」。LOVE。
(2002年2月19日 )
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